近年、気候変動による被害は深刻化しています。オムロン電子部品事業では長期ビジョン達成に向けて、お客様と共に社会課題を解決するミッションを掲げています。今回、気候変動による災害リスクの低減という社会課題の解決に向けて、ウェザーニューズ社とともに「気象センサ(高性能気象IoTセンサー)」の開発に取り組みました。
気候が激しく変動する昨今、建設現場や農業などのさまざまなビジネスシーンにおいて、従来の管理方法ではその変動に対応しきれず、ビジネス損失が発生するという課題が顕在化しはじめています。そこで、現場のスポット的な気象観測を実現するため、コストを抑えつつも簡易的に設置や運用が可能な複合センサモジュールの開発の必要性がありました。
「新しい業界」「新しい用途」「新しいセンサの技術開発」と新規要素が多く、何度も立ちはだかる壁に挫折しそうになりながらも、お客様とともに僅か15ヵ月という期間で実現した気象センサの開発ストーリーについて、開発に携わったメンバーより話を伺いました。
- 事業統轄本部 商品開発統括部
- モジュール開発部
- エレキ開発2グループ
- プロジェクトリーダ
- 小島 英明
- 事業統轄本部 商品開発統括部
- モジュール開発部
- エレキ開発2グループ
- テーマリーダ
- 有竹 裕介
- 事業統轄本部 商品開発統括部
- モジュール開発部
- メカ開発グループ
- メカ担当
- 望月 賢太
- 事業統轄本部 商品開発統括部
- モジュール開発部
- ソフト開発グループ
- システム担当
- 三浦 剛史
- 事業統轄本部 商品開発統括部
- モジュール開発部
- ソフト開発グループ
- ソフト担当
- 川本 真吾
目次
お客様と理念で共感・共鳴
共に社会課題の解決に挑戦
ウェザーニューズ様は、過去に別のアプリケーションにおいてオムロンの製品を活用されていたこともあり、ある日、新たな課題の解決に必要となる気象センサについてのご相談がありました。
ウェザーニューズ様は、「いざというとき人の役に立ちたい」という理念を掲げ、われわれオムロン電子部品事業は、「社会課題を解決する」という理念があります。同じ「気候変動による災害リスクを低減したい」という社会課題を見据え、理念での共感/共鳴が起きたことから、本テーマがスタートしました。
ウェザーニューズ × OMRON の共創で、課題解決を目指す!
気候変動によって様々な問題が起きていることは周知のことかと思いますが、さまざまなビジネスシーンでも課題が顕在化しています。
建設現場での強風対策や熱中症対策、農作物を最適に管理するための天候記録、屋外施設やイベント会場、レジャー施設などでの天候管理や安全性の向上、気象データをもとにしたマーケティング施策や分析などです。
各現場管理者の方は、主に天気予報の情報や経験に基づいた現場管理を行っています。しかし、現場の限られたエリアにおける急な気候の変動には対応できず、結果的にビジネス上の損失が発生しまうことがありました。
一方で一般的な気象センサは、比較的本体価格や運用コストも高く、現場への設置も大がかりなものでした。また比較的コストを抑えたセンサの場合であっても、センサ精度面での課題もあり、現場の課題解決にクリティカルに応えきれていないことがあったのです。
そこで、コストを抑えつつも、現場への設置と運用が簡単で、1台で複数の気象データを精度よく取得できる複合センサの開発を行うこととなりました。上記の要素をバランスよく設計するのは非常に難しく、チャレンジでした。
ウェザーニューズ様よりコメントいただいております。
株式会社ウェザーニューズ
テクニカルディレクター
西祐一郎 様
オムロンさんの優れた技術力、創造力、実装力には、検討段階から感心しきりでした。例えば私どもでは雨粒の形は水滴が空気抵抗で潰れて扁平になると習いますが、オムロンさんは常識にとらわれることなく、実際にハイスピードカメラで雨粒を撮影し、雨の形状について理論と実態を理解したうえで、設計や出荷検査の工程に応用されています。オムロンさん側で各種実験等の行動力を発揮いただき、高い品質を実現されました。
新業界・新用途・新技術で短期間開発
全てがチャレンジだった
どのような気象センサであれば市場に受け入れられるのか?顧客と共に一から考え、コンセプトを定めました。
それは、電源を接続するだけで、気象観測に必要となる7つの気象データをクラウドにあげることができ、ユーザはその情報をすぐに使うことができるセンサモジュールです。
私たちは、このセンサを15ヵ月でリリースするという目標を設定し、製品開発にあたっては、
気象業界向け、屋外向け、3つの新センシング技術開発という、3つの初チャレンジをおこないました。
この高い目標を達成するために、顧客のフィールドに飛び込み、お互いの知恵を共有してTry & Learnを繰りかえし、お客様との共創しながら、短期間で形にするためのコンカレントな開発を実行してきました。
しかし、新技術開発は容易ではなく、特に雨量センサ、風向・風速センサの実現は一筋縄ではありませんでした。
新技術開発の壁①:雨量センサ
まず課題となったのは、雨量センサの新技術開発でした。過去の開発経験や知見を有している者もいないため、何をどうスペックに反映させればよいかわからなかったのです。
まずは「雨」そのものを理解する
「なんとかコストを抑えつつも現場の課題を解決できるようなセンサにできないか。」そんな思いを抱えながら、実現に向けた一手として、まず「雨」そのものを理解するところから私たちは取り組みました。一例としましては、ハイスピードカメラで落下中の雨の状態を撮影し、落下中の形状の特徴を観察し、文献と照らし合わせることで、全員で理解を深めていくよう努めました。
雨の状態をよく観察し、理解したうえで、製品のコンセプトをつくり、最終的には光学センサでの検出方式を採用し、作り込んでいきました。
現場で業界ノウハウを体感し、製品へ反映させる
しかし、実験環境では問題が無くても、実際の設置環境で評価を行うと、異常データを検出することがありました。
例えば、ビル等の高所設置においては、ビル風のように吹き上げてくる風が発生します。この時に雨が降ると、センサ部に付着した雨粒が流れ落ちずに留まってしまい、加えて風の影響で雨粒が震えることで、検出数が跳ね上がってしまうという現象が起きてしまったのです。
この現象に対応するため、ソフトチームとハードチーム一体となり、現場で現物を見ながら議論を重ね、共に改善アプローチを試みました。
ソフトでのフィルタ処理だけでなく、構造の見直しもあわせて行うことで、雨がとどまりにくくする工夫を実施し、繰り返し検証を行い、ようやく市場環境に耐えられる製品創出を実現できたのです。
新技術開発の壁②:風向・風速センサ
次に課題だったのは、風向・風速センサです。特に、いかにコストを抑えつつも50m/sの風速までセンサで検知できるようにするのかが非常にハードルが高かったです。50m/sは時速180kmレベルの猛烈な風です。速度の目安としては特急電車であり、多くの樹木が倒壊したり、走行中のトラックが横転する可能性もあるといわれています。
(気象庁の掲載情報を参照:https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/kazehyo.html, 2024年6月当社調べ)
従来のセンサにはなかったスペックだったのですが、災害リスクが高いビルの屋上など、地上の状態とは異なり、かなり強い風を受ける場合もある建設作業現場での観測ニーズが強く、実現必須のスペックでした。
まずは評価環境の構築から
物体の無い「風」をどのように定量的に評価できる状態にするのか。製品開発以前に、評価環境の構築がとても大変でした。まずは定量的に風速を生み出せる簡易風洞を作製するところから始めました。
この簡易風洞機は、約30m/sまで出力可能ですが、気象センサに対してスポット的な風しか当てられません。
そのため、実際の屋外環境と簡易風洞機でのデータ測定を反復して行い、簡易風洞機の特性を理解したうえで使用することで、実験室での評価が可能な状態となり、開発を進めることができました。
メカ/エレキ/ソフトの垣根を越えたモジュール開発力で
QCDの最適解を見出す
市場から求められているのは「手軽に扱えるセンサ」であり、いかにコストをかけすぎずに、目標とする仕様をモジュールとして実現するかが課題でした。今回は超音波方式を採用し、安価な素子・構成での実現目指しましたが、その実現は想像以上に大変なものでした。
風を安定的に取り込めるようなメカ構造をシミュレーションと実測試験を繰り返し行うことで構築します。そして、センサ素子からの出力をエレキ側で可能な限りノイズを除去した状態にし、マイコンのインプットへ受け渡します。ソフト側で35種類の設定パラメータを用意し、それらを組み合わせる事で、ようやく正確な値を取得できる状態を実現しました。
このように、メカ/エレキ/ソフトそれぞれのスキルがそのチームの垣根を越えて、同じ場所で、同じモノ、同じ結果を見ながら喧々諤々と議論を重ね、ようやく一つの形にすることができたのです。
そして挑む、風速50m/sの壁
そして、いよいよ50m/sの測定実現に挑みました。
この風速領域を発生させるためには、大型で特殊な設備となるため、社内に設置できません。そこで、お客様の知見もお借りして、特別な風洞試験会場を探し、その場を借りて実験を行うことにしました。
加えて、簡易風洞機で安定的に風速測定が行えるようになったのは、開発終盤に差し掛かったところだったため、外部での50m/s試験が可能となったのは、開発終盤になった頃でした。
社内での簡易風洞機の評価結果と机上理論をもって、風速50m/sの試験に挑みました。
しかし、うまくいきません。
理論上は、測定が可能なはずなのに、なぜか正常な値が測定できない状態に陥りました。私達は原因がわからず、意気消沈してしまいました。
しかし、私達はあきらめませんでした。
この状況を打破すべく、お客様を巻き込んでの総力戦を開始しました。
お客様の生産部門の方々の力をお借りし、様々な調整を多方面に実施頂きました。単純に調整を行ったのではなく、調整作業の中にも様々な工夫やアイディアがありました。これにより、約1ヶ月の開発検討期間を捻出頂きました。
開発部門では、生産の皆さんに調整頂いた、わずか一ヵ月の期間の中で、地道な仮説検証を繰り返しました。
仮説に基づいた対策案について、地道なデータ取得を行い、取得したデータを顧客と共に眺め、風に関するアドバイスを頂きつつ、より良い対策アイディアを創出し、Try & Learnを繰り返しました。
様々な対策案の中から、有効な対策へとアイディアが繋がり合ったとき、ついに50m/s測定を実現することができたのです。
お客様も現場に立ち会っていたのですが、思わず皆で歓喜の声をあげながらガッツポーズをしてしまいました。期限が迫るプレッシャーもあり、何度も挫折しそうになりましたが、最後まで諦めずにやってよかったと思えた瞬間でした。
50m/s達成時の風洞試験会場の様子
実現までたった15ヵ月 成功の鍵は
リスクがあっても進めながら解決するコンカレントな開発
今回、テーマ方針として大きく変えたところは、リーンスタートアップ*的な進め方をすることでした。
プロトタイピングを早期に行い、仮説検証サイクルを細かく回していく事で、仕様が決まりきっていない中でもテーマを前に進め、最短でのゴール到達を狙いました。
その成功のためには、チームでこのテーマを成功させるという意識を持ち、リスクをどうテイクしていくか、助けが必要な部門を全員でフォローしていくなど、全員でフォロアーシップを発揮していく必要がありました。
そのため、営業/企画/開発/生産/品質も早い段階で、テーマに関与頂き、この進め方を自部門に落とし込んでいただくことで、関係者の協力を得ることができました。
*リーンスタートアップとは
低コスト、短期間、最低限のアセットで、顧客の反応や現場から得るデータなどのフィードバックを繰り返し、学びながら進化させていくプロダクト開発手法。無駄を徹底的に排除し効率性重視でアジャイルに製品を開発することで、最短で本質的な価値を提供することを目指すものであり、新規事業開発に適しているとされている。
顧客起点をぶらさない
「様々な部門を早い段階から巻き込むことで意見を集約しにくくなるデメリットもあるのでは?」というご意見をいただくこともあります。ですが、私たちは徹底した顧客起点を第一にし判断することで方向性がぶれないようにしています。そのため、開発である私たち自身が直接お客様と対話し、現場での実証実験を重ねることで、「なぜその仕様が必要なのか」を第一人称で語れるようにしています。
最も大切なのは、なんでもいいあえるフラットな関係
もう一つ重要なのは、言いたいことを言い合える風土の醸成です。納期を気にするあまり、言いたいことを言えないと本当の意味での良い商品はできません。市場や顧客の課題起点で徹底的に議論し、葛藤することで、新しい価値を届けられると思っています。そのためにも、各種関連部門とは古くから人間関係を築いており、業務外のイベントなどでも仲間意識の醸成をはかったりしてきました。
新たな価値を創造する
オムロンの”モジュール開発力”とは
一般的には、モジュール開発は組込開発と同義で語られることがありますが、私たちがいうモジュール開発とは定義が異なります。単なる「組込技術」(様々な材料や部品を最適に組み込みパッケージ化する技術)ではなく、ソリューションを提供する力と同義であると捉えています。
私たちは、お客様やその先にある社会課題を見据え、ソリューションを提供することが大切であると考えています。組込技術をもっているだけではソリューションは提供できません。お客様との共創を通じて実際のアプリケーションを深く知り、スピーディに解決策を提供するため、社内アセットだけでなく、自社で保有していない社外のアセットまで最大限かつ効果的に活用することが重要です。そのため、私たちはコンカレント開発によって社内のあらゆる関連部門が早い段階で参画し、お客様のアプリケーションにフィットする解決策を早期に提供することを大切にしています。
解くべき課題を留め、お客様との共創の中で、アプリにフィットするよう組込技術で課題に対する解決策を具現化させる。そしてコンカレント開発で早期に品質が担保された量産品として供給する。これらが一気通貫でき、はじめてソリューションを提供する力となります。これが、私たちのいうモジュール開発力です。
オムロンのモジュール開発=ソリューション提供力
今後の展望
お客様と共に社会課題を解決し続ける
「顧客と共に社会課題を解決したい。」以前から一番強く思っていることです。我々は過去からマーケットインの現場主義に拘って価値創りを行ってきましたが、市場や顧客起点で商品を開発するというスタンスは間違っていないと思っています。部品メーカでも社会課題を解決できるということを社内外に示していきたいと思っています。
お問い合わせ
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