検出スイッチをマウス向け操作スイッチのスタンダードに
オムロンのマウス向けスイッチ 開発者インタビュー

オムロンでは創業時より、さまざまな用途で使用されるマイクロスイッチを開発してきました。マイクロスイッチはドアの開閉、モノの位置検出などに使用されるスイッチです。

今ではグローバル規模で、マウス向け操作用スイッチとして確固たる地位を確立していますが、きっかけは、1988年ごろ、オムロンの検出スイッチの操作感触を気に入っていただいたあるマウスメーカ様からのご要望でした。当時、マイクロスイッチをマウス向けとして改良していくには、様々な障壁が待ち受けていました。今回は、オムロンのマウス向けスイッチの道のりについて、当時の開発者にお話をうかがいました。

マウス向けスイッチの第一歩、
操作感で採用されたマイクロスイッチ 形D2F

何十年も前の応接室には、葉巻用に電子ライターが置かれていたのはご存知でしょうか。その電子ライターの着火用スイッチとして、マウス向けスイッチ初代である形D2Fは使用されていました。
形D2Fは、マウスの道をたどることにより、数年後には当時の5倍の事業規模まで急成長を遂げることとなります。

超小型・長寿命の製品として発売されたベストセラー商品、形D2FCシリーズは、マウス向けスイッチ市場において、20年近くに渡り年間販売実績7000万個以上*を維持しています。そんなオムロンのマウス向けスイッチは、形D2Fシリーズから始まり、今では40年にもおよぶ歴史をもっています。

*2022年10月現在

事業統括本部 商品開発統括部
ファインメカ開発2部 商品技術2グループ
牧野 修

当時(1988)の形D2F
※当時の仕様のため、現在のD2Fの仕様とは異なります。

あの頃(1988年)はまだ、パソコン自体が珍しく、マウス向けスイッチが事業として成り立つのかも想像が難しい時代でした。マウス向け市場も群雄割拠でさまざまな種類のスイッチが使用されており、どのスイッチが天下を取るのかわからないような状態でした。

そのようなマウススイッチ戦国時代において、オムロンの形D2Fという検出用スイッチが、ある有名なマウスメーカ様の目にとまりました。操作感触にこだわったタクタイルなどの操作用スイッチがある中で、お客様が注目されたのは、検出スイッチの「アフターストローク」機能でした。「アフターストローク」を有した形D2Fは、押し込み位置からさらに押し込むことが可能なため、指への負担が軽微です。何度もクリック動作を行うマウスにおいて、指に優しい形D2Fという検出スイッチは、偶然にもお客様のニーズにピッタリの商品でした。

さらに、検出スイッチ市場の軽薄短小の流れを受けて、小型サイズが価値の1つである形D2Fは、マウス向けのスイッチとしてサイズもピッタリだったのです。そこで我々は、お客様のご要望を受け、形D2Fの改造商品の着手に踏み出しました。

これが、マイクロスイッチが検出用途ではなく、操作スイッチ用途として歩み出す初めての一歩でした。

検出用途では求められなかった「圧倒的な長寿命」

マウス向けとして形D2Fの改造に着手し、一番の障壁となったのは「機械的耐久性能(寿命)」でした。マウスのように何度も何度もスイッチをON/OFFさせるようなアプリケーションでは、要求される保証動作回数が100万回であるのに対し、検出用途として設計された形D2Fの機械的耐久性能はわずか30万回でした。マイクロスイッチでは、圧倒的に動作回数が足りなかったのです。

当時はCAE解析ツールなどもなく、今では当たり前となっている応力解析、応力振幅解析、動作特性分析なども簡単にはできないような時代でした。接点溶着や寿命を大幅に改善するためのノウハウも少ない中で、実験と手計算での改善予測を繰り返しました。レバーや可動片の形状変更、材質変更などの検討を何度も行い、試行錯誤の末、お客様の要求仕様100万回を満足させた改造商品を提供することが出来ました。

当時検討した部品形状などは、のちの形D2FCなどのマウス向けスイッチにも引き継がれ、寿命も最大6000万回と、当時の60倍まで保証した製品も発売しています。

安定したクリック感触を提供、オムロン品質のこだわり

形D2Fがマウス向けとして採用されるようになり、徐々に他の企業様からもお問い合わせをいただき、マウス事業は加速度的に大きくなっていきました。当時、お客様から「操作感触」「長寿命」では大きな支持をいただいておりましたが、もう1つ高い評価を得ていたのが「工程品質」でした。

マウスのような高頻度でスイッチ操作を行い、かつ、左右のクリック感触が同じであることを求められるアプリケーションは、品質面でのばらつきに対して非常に敏感です。そこで、クリック感触のばらつきを可能な限り小さくするため、当時、オムロンとして初めて2枚バネ機構の可動片組み立て機を導入しました。自動機生産により異物と荷重ばらつきへの対策を行うことで、安定して再現性の高い製品の提供を行うことが出来るようになったのです。これにより、マウススイッチ向けに「オムロン品質」が認められ、売り上げ数量は立ち上げ時の約8倍まで伸びていくこととなりました。

「感触」だけではない、「音色」も大切なファクター

マウス向け事業が拡大し、マウス専用スイッチ(形D2FC)が、1999年に誕生しました。マウス向けのニーズに最適化された製品でしたが、この時初めて「音色」に関してお客様よりご指摘を受けました。

マウスの機能上、2つの回路を切り替える使い方は必要ありません。そのため、形D2FCは、マウスに特化したスイッチとして、2枚バネで両側接点の構造から1枚バネで片側接点の構造に改良されました。この構造の変化により、接点の開閉音も微妙に変わっていたのです。しかし、形D2Fの操作音を聞き慣れたお客様からすると、形D2FCの接点の切り替わり音が違和感となってしまいました。形D2Fの音色は、ディファクトスタンダードになっていたのです。

2枚バネ・両側接点

形D2Fの構造図

1枚バネ・片側接点

形D2FCの構造図

動作特性やクリック感触は当然意識し、設計を進めてきました。しかし、スイッチの機能として音の発生や響き方は存在しません。マウス向けスイッチの経験値がまだまだ浅かった当時は、「音色」に対してご意見をいただくなど思いもよりませんでした。とにかく沢山の音のデータを集め、比較し、音色の類似性をお客様に示すことで検討を進めていきました。

お客様の「当たり前」を維持する難しさ

オムロンのマウス向けスイッチ

「新しい価値を生み出す」より「変えずに維持する」ほうが簡単だと思われるかもしれません。しかし現場からすると「変えずに維持する」ほうが非常に難しいのです。感触、音色、サイズなど、なかなか変更ができない要素が多く存在する中で、お客様の要求はどんどん高くなっていきます。機械的耐久性をさらに高めるために材質や部品形状を変えると、クリック感触はどうしても微妙に変化してしまいます。それらをいかに他の要素で元の状態に近づけていくのかが、 「維持する難しさ」なのです。

品質のさらなる高みを目指した新たなるチャレンジ

ゲーミング向けの高性能なマウスが規模を拡大していく中、スイッチのクリック精度への要求はさらに高まってきています。100%誤差なく、全く同じ荷重のスイッチを生産することは現実的に不可能です。しかしマウスの特性上、マウスの左右でのクリック感(荷重)の差異が少なければ少ないほど、お客様の快適な操作につながります。荷重の変化の要因の1つとして、材料が挙げられます。仕入れた材料にも通常ではわからないレベルでの硬度や板厚などのバラツキが存在するのです。材料に違いがあることで、バネの曲がり方・戻り方にも極小の差異が発生し、それが荷重の微小な変化につながります。

そこで現在オムロンは、お客様に満足いただける商品提供を行うために、統計的手法を活用しています。
荷重に影響すると推測できる、様々な因子の相関性を、蓄積した現場データから分析し、新たなるプロセス制御方法の検討をおこなっています。お客様に満足いただける商品提供を行っていくために、現場のメンバと一緒に新しいチャレンジを積み重ね、より高いレベルの生産方式と、より微細な荷重コントロールの実現を目指しています。

複雑に絡み合った数十の因子の相関性を検証し、荷重の誤差に及ぼす影響や因子制御の必要性についてメンバ内で議論を重ねている。

開発者、牧野の想い「顧客価値創造」でお客様に寄り添う

事業統括本部 商品開発統括部
ファインメカ開発2部 商品技術2グループ
牧野 修

スイッチと共に歩んできた長い人生を振り返り、マウス向けスイッチに関わったすべての方々の力に支えられて、今のオムロンのマウス向けスイッチはあるのだと改めて実感しています。

営業メンバーはお客様に寄り添い、お客様の声をしっかりと届けてくれました。お客様に安定した高品質の量産品を提供するために、生産メンバーは、品質管理面で様々な工夫を凝らしてくれました。計画メンバーは、製品をお客様に確実に届けられるように納期調整に取り組んでくれました。事業に携わるメンバー全員が一丸となって、オムロンのマウス向けビジネスを支えてくれました。

私は、オムロンはお客様に寄り添って一緒にビジネスをつくることができるメーカであると自負しています。「顧客価値創造」の精神で、お客様のアプリケーションに沿った製品を生み出していくことで、今後もオムロンのスイッチ事業の拡大に貢献していきたいと思います。

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